朱と緑の雅な王朝・平安神宮

京都は、謎の多い街である。長岡京遷都から僅か10年で、平安京に都を移さねばならなかった桓武天皇は、過去の教訓を生かし慎重に都づくりを進めた。そして延暦13年(794),四神相応の地、京都岡崎に794年「平安京」を建立した。

平安京は、東西4.5辧南北5.2劼如⊆訖大路によって、右京と左京に分けられる。現在の「平安神宮」は、明治28年(1895)、に行われた平安遷都1100年祭に当たって京都全市の総社として、桓武天皇を祀って創建された。

緑青の大屋根や、朱塗りの大柱が雅な平安王朝を偲ばせる。社殿は、平安京の大内裏を8分の5に縮小したもの。祀ってあるのは、平安京創始者桓武天皇と、平安京最後の天皇、孝明天皇である。

京都の名物時代祭は、10月22日御所から平安神宮まで時代の衣装で、練り歩くもので、京都3大祭りの一つに数えられ、京都秋の風物詩として京都市民に捉えられている行事だ。

本殿の奥、国指定の名勝「神苑」は東・中・西・南の4つに区分され、広大な日本庭園になっており、池泉回遊式庭園で、『源氏物語』など古典名作に描かれた、四季折々の花々が咲き乱れる。

この名亭を一目見ようと、訪れる人が絶えないという。この庭は、小川治兵衛の作で、近代庭園の傑作として名高い。

鮮やかな朱色の桜門「応天門」をくぐると、大極殿を模した拝殿が正面に見える。境内は、白砂を敷き詰め、朱と緑のコントラストが、青空に映えて美しい。

この平安神宮の周辺岡崎は、美術館や博物館などの文化施設が林立し、訪れる人たちでいつも賑わっている。京都市民の憩いの地とでも言えようか。



平安神宮の説明と概要

平安神宮も知らない人はいるのでしょうか。
日本人なら、必ずや一度や二度は「平安神宮」という言葉を聞いたことがあるのでは
ないのでしょうか。また、京都の人々にとって平安神宮は特別な存在です。
平安神宮は、地下鉄東西線「神宮駅」を出て北へ神宮道を向かっていると大きな
朱色の鳥居が見えます。それが、平安神宮の大鳥居です。この鳥居は日本最大級です。
平安神宮は、桓武天皇によって794年に長岡京から遷都して造られたものです。
「万代宮」(よろずよのみや)と定められ国の安定のシンボルとして考えられていました。
その後、応仁の乱などあらゆる災害によって大部分を焼失し衰退していったが、小規模に
なりつつもしっかり機能していました。
1868年に江戸が東京と改称され、慶応が明治と改元されました。それによって
日本の首都は東京とされました。794年に平安京遷都以来の1000年以上もの間
日本の政治と経済の中心であった京都に深刻な問題が伸し掛かりました。
人口の減少により危機的な状況に陥りました。
そこで、市民は復興に立ち上がりました。内国勧業博覧会開催記念事業です。
このイベントのモニュメントとして、平安朝時代の模造大神殿を健立して、平安京を
造った桓武天皇を祀る平安神宮の建設を決定したのです。そして、このイベントに
必要な費用はなんと政府の資金ではないのです。京都市民が中心となって全国から
寄付金をあつめて、その資金で平安京の朝堂院などの建物を復元し、1895年に建設
したのです。京都を愛する、京都市民の熱い想いのもと現在の京都、平安京があるのです。
現在でも、平安京はその独特のたたずまいで人々を魅了しています。
また、苑内は春にはしだれ桜、夏には花菖蒲や睡蓮、秋には萩、冬は雪景色などの
四季折々の景色が楽しめます。

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