坂本竜馬の定宿・寺田屋

「寺田屋」は、1597年の開業した船宿で、幕末、坂元竜馬が襲撃を受けた事件の舞台となり、全国的に知られるようになった。

当時の寺田屋は、1868年の鳥羽伏見の戦いで焼失し、現存するのは、明治時代に再建されたもの。この宿は、龍馬が定宿としたことや、その龍馬が幕府の役人に襲われ、寺田屋養女、お龍の機転で難を逃れた1866年の寺田屋襲撃事件。

薩摩藩士7名が、死亡した1862年の寺田屋騒動など幕末の志士たちの舞台となった宿だ。これを見ても分かるように、幕末動乱期、坂元竜馬を始め、討幕派の志士たちが船宿として利用し、活動の拠点となっていたのは間違いない。

現在この寺田屋は、幕末の資料を展示し、内部も見学できる龍馬襲撃の部屋、梅の間には、龍馬所有の拳銃のレプリカなどが展示されており当時の雰囲気を伝えている。東隣の空き地には、「薩摩藩九烈士遺跡志」の石碑や、日露戦争開戦前夜昭憲皇太后が龍馬の夢を見て、金一封を賜ったことを記念する石碑などもあり、往時をしのばせる。

こうした寺田屋事件など、数々のドラマチックな舞台となった場所として、今でも多くの歴史フアンが訪れるという。京都の伏見は、幕末の志士たちの絶好の隠れ場所だったと言えそうだ。

今では、ノスタルジックな酒蔵が立ち並び、船で巡る水の街として、京都の観光スポットとして人気を集めている。そんな中に一軒の古民家風の建物が寺田屋である。



寺田屋の説明と概要

寺田屋と聞いて、まず最初に思い出すのは何でしょうか。
私は、「寺田屋事件」です。
寺田屋は明治維新の中心人物の一人、坂本竜馬ゆかりの寺田屋です。
坂本竜馬ブームで大きく取り上げられていたので、私でさえ知っているくらいなのですから歴史にそんなに興味がない方も言葉くらいは聞いたことがあるんではないでしょうか。
今でも、寺田屋には寺田屋事件の際に付いてしまった刃物の痕や弾痕、おりょうが
駆け上がったと言われている階段、他にも様々な展示物が飾られており、歴史好きには
たまらない場所です。そして、現在でも寺田屋は素泊まりでも宿泊可能なのです。
ただ、寺田屋は鳥羽伏見の戦いで焼失してしまい、その後再建されて今の建物に
なったという説が1番有力な説ではあります。
しかし、そもそも寺田屋事件とはなんなのでしょう。
ざっくりと説明してしまうと薩摩藩士同士の討ち合いです。
薩摩藩士の過激な倒幕藩士が幕府よりの人間たちを襲おうと計画し寺田屋に
終結していたのが始まりです。
不穏な動きに気づいた幕府側の藩士が思いとどまるように寺田屋に使いを送り
ますが、話し合いは決裂し,斬り合いに発展してしまいました。9名もの藩士が
この斬り合いによって命を落としてしまっています。
江戸時代の、混乱の時代に起きた事件なのです。
そして、寺田屋のある京都市伏見区は、明治時代までは「伏水」として表記されていた
事からもわかるように造酒とは切っても切れない関係にある名水にも恵まれています。
現在でも、月桂冠や神聖など大手造酒メーカーが集まっている」土地でもあります。
銘酒を飲みながら、寺田屋で幕末の混沌とした世の中に思いをはせながら過ごすのも
素敵ではないでしょうか。

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